エッセー8
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はやし浩司
【99】「そんなことをしたら、お前を殴る」・ドラ息子症候群

 英語の諺に、『あなたは自分の作ったベッドの上でしか、寝られない』というのがある。要するにものごとには結果があり、その結果の責任はあなたが負うということ。こういう例は、教育の世界には多い。

 子どもをさんざん過保護にしておきながら、「うちの子は社会性がなくて困ります」は、ない。あるいはさんざん過干渉で子どもを萎縮させておきながら、「どうしてうちの子はハキハキしないのでしょうか」は、ない。もう少しやっかいなケースでは、ドラ息子というのがいる。M君(小三)は、そんなタイプの子どもだった。

 口グセはいつも同じ。「何かナ〜イ?」、あるいは「何かほシ〜イ」と。何でもよいのだ。その場の自分の欲望を満たせば。しかもそれがうるさいほど、続く。そして自分の意にかなわないと、「つまんナ〜イ」「たいくツ〜ウ」と。約束は守れないし、ルールなど、彼にとっては、あってないようなもの。他人は皆、自分のために動くべきと考えているようなところがある。

 そのM君が高校生になったとき、彼はこう言った。「ホームレスの連中は、人間のゴミだ」と。そこで私が、「誰だって、ほんの少し人生の歯車が狂うと、そうなる」と言うと、「ぼくはならない。バカじゃないから」とか、「自分で自分の生活を守れないヤツは、生きる資格などない」とか。こうも言った。「うちにはお金がたくさんあるから、生活には困らない」と。M君の家は昔からの地主で、そのときは祖父母の寵愛を一身に集めて育てられていた。

 いろいろな生徒に出会うが、こういう生徒に出会うと、自分が情けなくなる。教えることそのものが、むなしくなる。「こういう子どもには知恵をつけさせたくない」とか、「もっとほかに学ぶべきことがある」というところまで、考えてしまう。そうそうこんなこともあった。受験を控えた中三のときのこと。M君が数人の仲間とともに万引きをして、補導されてしまったのである。悪質な万引きだった。それを知ったM君の母親は、「内申書に影響するから」という理由で、猛烈な裏工作をし、その夜のうちに、事件そのものを、もみ消してしまった。そして彼が高校二年生になったある日、私との間に大事件が起きた。

 その日私が、買ったばかりの万年筆を大切そうにもっていると、「ヒロシ(私のことをそう呼んでいた)、その万年筆のペン先を折ってやろうか。折ったら、ヒロシはどうする?」と。そこで私は、「そんなことをしたら、お前を殴る」と宣言したが、彼は何を思ったか、私からその万年筆を取りあげると、目の前でグイと、そのペン先を本当に折ってしまった! とたん私は彼に飛びかかっていった。結果、彼は目の横を数針も縫う大けがをしたが、M君の母親は、私を狂ったように責めた。(私も全身に打撲を負った。念のため。)「ああ、これで私の教師生命は断たれた」と、そのときは覚悟した。が、M君の父親が、私を救ってくれた。うなだれて床に正座している私のところへきて、父親はこう言った。「先生、よくやってくれました。ありがとう。心から感謝しています。本当にありがとう」と。
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【100】「うちの娘がこわくてなりません」・親の心は子どもの心

 一人の母親がきて、私にこう言った。「うちの娘(年長児)が、私が思っていることを、そのまま口にします。こわくてなりません」と。話を聞くと、こうだ。お母さんが内心で、同居している義母のことを、「汚い」と思ったとする。するとその娘が、義母に向かって、「汚いから、あっちへ行っていてよ」と言う。またお母さんが内心で、突然やってきた客を、「迷惑だ」と思ったとする。するとその娘が、客に向かって、「こんなとき来るなんて、迷惑でしょ」と言う、など。

 昔から日本でも以心伝心という。心でもって心を伝えるという意味だが、濃密な親子関係にあるときは、それを望むと望まざるとにかかわらず、心は子どもに伝わってしまう。子どもは子どもで、親の思いや考えを、そっくりそのまま受け継いでしまう。こんな簡単なテスト法がある。まず二枚の紙と鉛筆を用意する。そして親子が、別々の場所で、「山、川、家」を描いてみる。そしてそれが終わったら、親子の絵を見比べてみる。できれば他人の絵とも見比べてみるとよい。濃密な関係にある親子ほど、実によく似た絵を描く。二〇〜三〇組に一組は、まったく同じ絵を描く。親子というのは、そういうものだ。

 こういう例はほかにもある。たとえば父親が、「女なんて、奴隷のようなものだ」と思っていたとする。するといつしか息子も、そう思うようになる。あるいは母親が、「この世の中で一番大切なものは、お金だ」と思っていたとする。すると、子どももそう思うようになる。つまり子どもの「心」を作るのは親だ、ということ。親の責任は大きい。

 かく言う私も、岐阜県の田舎町で育ったためか、人一倍、男尊女卑思想が強い。……強かった。「女より風呂はあとに入るな」「女は男の仕事に口出しするな」などなど。いつも「男は……」「女は……」というものの考え方をしていた。その後、岐阜を離れ、金沢で学生生活を送り、外国へ出て……、という経験の中で、自分を変えることはできたが、自分の中に根づいた「心」を変えるのは、容易なことではなかった。今でも心のどこかにその亡霊のようなものが残っていて、私を苦しめる。油断していると、つい口に出てしまう。

 かたい話になってしまったが、こんなこともあった。先日、新幹線に乗っていたときのこと。うしろに座った母と娘がこんな会話を始めた。「Aさんはいいけど、あの人は三〇歳でドクターになった人よ」「そうね、Bさんは私大卒だから、出世は見込めないわ」「やっぱりCさんがいいわ。あの人はK大の医学部で講師をしていた人だから」と。どうやらどこかの大病院の院長を夫にもつ妻とその娘が、結婚相手を物色していたようだが、話の内容はともかくも、私は「いい親子だなあ」と思ってしまった。呼吸がピタリと合っている。

 だから冒頭の母親に対しても、私はこう言った。「あなたと娘さんは、すばらしい親子関係にありますね。せっかくそういう関係にあるのですから、あなたはそれを利用して、娘さんの心づくりを考えたらいい。あなたのもつ道徳心や、やさしさ、善良さもすべて、あなたの娘さんに、そっくりそのまま伝えることができますよ」と。 

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ント はやし浩司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市 金沢大学法文学部卒 はやし浩司 教育評論家 幼児教育評論家 林浩
司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 はやしひろし 林ひろし 静岡県 浜松市 幼
児教育 岐阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 はやし浩司・林浩二(司) 林浩司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐
阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 Hiroshi Hayashi / 1970 IH student/International House / Melbourne Univ.
【101】「おばさんは、何でも知っていますからね」・いじめの陰に嫉妬

 陰湿かつ執拗ないじめには、たいていその裏で嫉妬がからんでいる。この嫉妬というのは、恐らく人間が下等動物の時代からもっていた、いわば原始的な感情の一つと言える。それだけに扱いかたをまちがえると、とんでもない結果を招く。

 市内のある幼稚園でこんなことがあった。その母親は、その幼稚園でPTAの役員をしていた。その立場をよいことに、いつもその幼稚園に出入りしていたのだが、ライバルの母親の娘(年中児)を見つけると、その子どもに執拗ないじめを繰り返していた。手口はこうだ。その子どもの横を通り過ぎながら、わざとその子どもを足蹴りにして倒す。そして「ごめんなさいね」と作り笑いをしながら、その子どもを抱きかかえて起こす。起こしながら、その勢いで、またその子どもを放り投げて倒す。

 以後、その子どもはその母親の姿を見かけただけで、顔を真っ青にしておびえるようになったという。ことのいきさつを子どもから聞いた母親は、相手の母親に、それとなく話をしてみたが、その母親は最後までとぼけて、取りあわなかったという。父親同士が、同じ病院に勤める医師だったということもあった。被害にあった母親はそれ以上に強く、問いただすことができなかった。似たようなケースだが、ほかにマンションのエレベータの中で、隣人の子ども(三歳男児)を、やはり足蹴りにしていた母親もいた。この話を、八〇歳を過ぎた私の母にすると、母は、こう言って笑った。「昔は、田舎のほうでは、子殺しというものまであったからね」と。

 子どものいじめとて例外ではない。Tさん(小三女児)は、陰湿なもの隠しで悩んでいた。体操着やカバン、スリッパは言うに及ばず、成績表まで隠されてしまった。しかもそれが一年以上も続いた。Tさんは転校まで考えていたが、もの隠しをしていたのは、Tさんの親友と思われていたUという女の子だった。それがわかったとき、Tさんの母親は言葉を失ってしまった。「いつも最後まで学校に残って、なくなったものを一緒にさがしていてくれたのはUさんでした」と。Tさんは、クラスの人気者。背が高くて、スポーツマンだった。一方、Uは、ずんぐりした体格の、どうみてもできがよい子どもには見えなかった。Uは、親友のふりをしながら、いつもTさんのスキをねらっていた。そして最近でも、こんなことがあった。

 ある母親から、「うちの娘(中二)が、陰湿なもの隠しに悩んでいます。どうしたらいいでしょうか」と。先のTさんの事件のときもそうだったが、こうしたもの隠しが長期にわたって続くときは、身近にいる子どもをまず疑ってみる。そこで私が、「今一番、身近にいる友人は誰か」と聞くと、その母親は、「そういえば、毎朝、迎えにきてくれる子がいます」と。そこで私は、こうアドバイスした。「朝、その子どもが迎えにきたら、じっとその子どもの目をみつめて、『おばさんは、何でも知っていますからね』とだけ言いなさい」と。その母親は、私のアドバイス通りに、その子どもにそう言った。以後、その日を境に、もの隠しはウソのように消えた。
writer/essayist/law student/Japan/born in 1947/武義高校 林こうじ はやしこうじ 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市生まれ
 金沢大学法文学部卒 教育評論家 ハローワールド(雑誌)・よくできました(教材) スモッカの知恵の木 ジャックと英語の木 (CAI) 
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【102】「うるせえのは、テメエだろうがア」・生意気な子どもたち

 子「くだらねエ、授業だな。こんなの、簡単にわかるよ」私「うるさいから、静かに」子「うるせえのは、テメエだろうがア」私「何だ、その言い方は」子「テメエこそ、うるせえって、言ってんだヨ」私「勉強したくないなら、外へ出て行け」子「何で、オレが、出て行かなきゃ、ならんのだヨ。貴様こそ、出て行け。貴様、ちゃんと、金、もらっているんだろオ!」と。そう言って机を、足で蹴っ飛ばす……。

 中学生や高校生との会話ではない。小学生だ。しかも小学三年生だ。もの知りで、勉強だけは、よくできる。彼が通う進学塾でも、一年、飛び級をしているという。しかしおとなをおとなとも思わない。先生を先生とも思わない。今、こういう子どもが、ふえている。問題は、こういう子どもをどう教えるかではなく、いかにして自分自身の中の怒りをおさえるか、である。あるいはあなたなら、こういう子どもを、一体、どうするだろうか。

 子どもの前で、学校の批判や、先生の悪口は、タブー。言えば言ったで、あなたの子どもは先生の指導に従わなくなる。冒頭に書いた子どものケースでも、母親に問題があった。彼が幼稚園児のとき、彼の問題点を告げようとしたときのことである。その母親は私にこう言った。「あなたは黙って、息子の勉強だけをみていてくれればいい」と。つまり「よけいなことは言うな」と。母親自身が、先生を先生とも思っていない。彼女の夫は、ある総合病院の医師だった。ほかにも、私はいろいろな経験をした。こんなこともあった。

 教材代金の入った袋を、爪先でポンとはじいて、「おい、あんたのほしいのは、これだろ。取っておきナ」と。彼は市内でも一番という進学校に通う、高校一年生だった。あるいは面と向かって私に、「あんたも、こんなくだらネエ仕事、よくやってんネ。私ゃネ、おとなになったら、あんたより、もう少しマシな仕事をスッカラ」と言った子ども(小六女児)もいた。やはりクラスでは、一、二を争うほど、勉強がよくできる子どもだった。

 皮肉なことに、子どもは使えば使うほど、苦労がわかる子どもになる。そしてものごしが低くなり、性格も穏やかになる。しかしこのタイプの子どもは、そういう苦労をほとんどといってよいほど、していない。具体的には、家事の手伝いを、ほとんどしていない。言いかえると、親も勉強しかさせていない。また勉強だけをみて、子どもを評価している。子ども自身も、「自分は優秀だ」と、錯覚している。

 こういう子どもがおとなになると、どうなるか……。サンプルにはこと欠かない。日本でエリートと言われる人は、たいてい、このタイプの人間と思ってよい。官庁にも銀行にも、そして政治家のなかにも、ゴロゴロしている。都会で受験勉強だけをして、出世した(?)ような人たちだ。見かけの人間味にだまされてはいけない。いや、ふつうの人はだませても、私たち教育者はだませない。彼らは頭がよいから、いかにすれば自分がよい人間に見えるか、また見せることができるか、それだけを毎日、研究している。

 教育にはいろいろな使命があるが、こういう子どもだけは作ってはいけない。日本全体の将来にはマイナスにこそなれ、プラスになることは、何もない。

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【103】「私に包丁を投げつけます!」・発作的に暴れる子ども

 ある日の午後。一人の母親がやってきて、青ざめた顔で、こう言った。「娘(年中児)が、包丁を投げつけます! どうしたらよいでしょうか」と。話を聞くと、どうやら「ピアノのレッスン」というのが、キーワードになっているようだった。母親がその言葉を口にしただけで、子どもは激変した。「その直前までは、ふだんと変わりないのですが、私が『ピアノのレッスンをしようね』と言ったとたん、別人のようになって暴れるのです」と。

 典型的なかんしゃく発作による家庭内暴力である。このタイプの子どもは、幼稚園や保育園などの「外」の世界では、信じられないほど「よい子」を演ずることが多い。柔和でおとなしく、静かで、その上、従順だ。しかもたいてい繊細な感覚をもっていて、頭も悪くない。ほとんどの先生は、「ものわかりがよく、すなおなよい子」という評価をくだす。しかしこの「よい子」というのが、クセ者である。子どもはその「よい子」を演じながら、その分、大きなストレスを自分の中にため込む。そしてそのストレスが心をゆがめる。つまり表情とは裏腹に、心はいつも緊張状態にあって、それが何らかの形で刺激されたとき、暴発する。ふつうの激怒と違うのは、子ども自身の人格が変わってしまったかのようになること。瞬間的にそうなる。表情も、冷たく、すごみのある顔つきになる。

 ついでながら子どもの、そしておとなの人格というのは、さまざまな経験や体験、それに苦労を通して完成される。つまり生まれながらにして、人格者というのはいないし、いわんや幼児では、さらにいない。もしあなたが、どこかの幼児を見て、「よくできた子」という印象を受けたら、それは仮面と思って、まずまちがいない。つまり表面的な様子には、だまされないこと。

 ふつう情緒の安定している子どもは、外の世界でも、また家の中の世界でも、同じような様子を見せる。言いかえると、もし外の世界と家の中の世界と、子どもが別人のようであると感じたら、その子どもの情緒には、どこか問題があると思ってよい。あるいは子どもの情緒は、子どもが肉体的に疲れていると思われるときを見て、判断する。運動会のあとでも、いつもと変わりないというのであれば、情緒の安定した子どもとみる。不安定な子どもはそういうとき、ぐずったり、神経質になったりする。

 なお私はその母親には、こうアドバイスした。「カルシウムやマグネシウム分の多い食生活にこころがけながら、スキンシップを大切にすること。次に、これ以上、症状をこじらせないように、家ではおさえつけないこと。暴れたら、『ああ、この子は外の世界では、がんばっているのだ』と思いなおして、温かく包んであげること。叱ったり、怒ったりしないで、言うべきことは冷静に言いながらも、その範囲にとどめること。このタイプの子どもは、スレスレのところまではしますが、しかし一線をこえて、あなたに危害を加えるようなことはしません。暴れたからといって、あわてないこと。ピアノのレッスンについては、もちろん、もう何も言ってはいけません」と。

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【104】「ぼくのパンツは、花柄パンツ」・進む男児の女性化

 この話とて、もう一五年近くも前のことだ。花柄模様の下敷きを使っている男子高校生がいたので、「おい、君のパンツも花柄か?」と冗談のつもりで聞いたら、その高校生は、真顔でこう答えた。「そうだ」と。

 その当時、男子高校生でも、朝シャンは当たり前。中には顔面パックをしている高校生もいた。さらにこんな事件があった。市内のレコードショップで、一人の男子高校生が白昼堂々といたずらされたというのだ。その高校生は店内で五、六人の女子高校生に囲まれ、パンツまでぬがされたという。こう書くと、軟弱な男子を想像するかもしれないが、彼は体格も大きく、高校の文化祭では一人で舞台でギター演奏したような男子である。私が、「どうして、声を出さなかったのか」と聞くと、「こわかった……」と、ポツリと答えた。

 それ以後も男子の女性化は明らかに進んでいる。今では小学生でも、いじめられて泣くのはたいてい男児、いじめるのはたいてい女児、という構図が、すっかりできあがっている。先日も一人の母親が私のところへやってきて、こう相談した。「うちの息子(小二)が、学校でいじめにあっています」と。話を聞くと、小一のときに、ウンチを教室でもらしたのだが、そのことをネタに、「ウンチもらしと呼ばれている」と。母親はいじめられていることだけを取りあげて、それを問題にしていた。が、「ウンチもらし」と呼ばれたら、相手の子どもに「うるさい!」と、一言怒鳴ってやれば、ことは解決するはずである。しかもその相手というのは、女児だった。私の時代であれば、相手をポカリと一発、殴っていたかもしれない。

 女子が男性化するのは時代の流れだとしても、男子が女性化するのは、どうか。私はなにも、男女平等論がまちがっていると言っているのではない。男子は男子らしく、女子は女子らしくという、高度なレベルで平等であれば、それはそれでよい。しかし男子はいくらがんばっても、妊娠はできない。そういう違いまで乗り越えて、男女が平等であるべきだというのは、おかしい。いわんや、男子がここまで弱くなってよいものか。

 原因の一つは言うまでもなく、「男」不在の家庭教育にある。幼稚園でも保育園でも、教師は皆、女性。家庭教育は母親が主体。小学校でも女性教師の割合が、六〇%を超えた(九八年、浜松市教育委員会調べ)。現在の男児たちは、「男」を知らないまま、成長し、そしておとなになる。あるいは女性恐怖症になる子どもすら、いる。しかももっと悲劇的なことに、限りなく女性化した男性が、今、新時代の父親になりつつある。「お父さん、もっと強くなって、子どもの教育に参加しなさい」と指導しても、父親自身がそれを理解できなくなってきている。そこでこういう日本が、今後、どうなるか。

 豊かで安定した時代がしばらく続くと、世相からきびしさが消える。たとえばフランスは第一次大戦後、繁栄を極めた。パリは花の都と歌われ、芸術の町として栄え、同時に男性は限りなく女性化した。それはそれでよかったのかもしれないが、結果、ナチスドイツの侵略には、ひとたまりもなかった。果たして日本の未来は?

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【105】「先生、ぼくにそのやり方、教えて……」・頭のよい子ども

 人間の能力は平等ではない。平等でないことは、しばらく子どもたちに接してみるとわかる。たとえば頭。頭のよい子どもは、本当に頭がよい。そうでない子どもは、そうでない。遺伝子そのものが違うのではないかとさえ思うときがある。数年前に、東京のS中学に入ったD君(小六)も、そしてそのあと同じようにS中学へ入ったN君(小六)も、そうだった。小学四年を過ぎるころには、中学レベルの勉強をしていた。小五のときは、英語も勉強していたが、進学塾では中学二年生と一緒に勉強していた。しかもその進学塾でも、トップクラス。

 このタイプの子どもは、教科書と参考書だけを与えておけば、自分で学習してしまう。「わからないところがあったら、聞きにきなさい」という指導だけで、じゅうぶんである。二〇年ほど前に教えたことのあるMさん(年長児)も、そして一五年ほど前に教えたことがあるH君(年長児)も、そうだった。幼稚園児や保育園児で、箱の立体図(見取り図)をほぼ正確に模写できる子どもは、まずいない。四〇人、あるいは五〇人に一人、それらしい箱を描く子どもはいるが、あくまでも「それらしい箱」である。しかしMさんもH君も、その箱を描いた! もしあなたの子ども(園児)が、箱の立体図を正確に描くことができたら、数百人、あるいはそれ以上の中の一人と、喜んでよい。

 こういう恵まれた子どもの特徴は、目がいつも輝いていて、それでいて目つきが静かに落ち着いているということ。ジロリと見つめられると、威圧感すら覚える。このタイプの子どもは、子どもだからといって安易に扱ってはいけない。実際には、扱えない。接していると、子どもであることをつい忘れてしまう。O君(小三)という少年もそうだった。彼は中学一年生の教科書すら自分で理解してしまった。あるとき私がふと、「二つの辺の長さとその間の角度がわかれば、その三角形の面積は計算できるよ」と独り言を言ったら、やさしい声でこう言った。「先生、ぼくにそのやり方、教えて……」と。

 こういう頭のよい子どもに出会うと、その子ども自身が、人類の財産のように思ってしまう。実際私のところを巣立っていくときは、私はこう言うようにしている。「君の頭は、君のものであって、君のものではない。みんなのために使ったらいい」と。が、残念ながらこの日本では、こういう子どもを伸ばす機関がない。理解もない。このタイプの子どもにとっては、ふつうの学校へ行くことは、まったく勉強ができない子どもが学校へ行くのと同じくらい、苦痛なのだ。先にあげたD君もそうだった。幼稚園児のとき遊戯などをさせると、ブ然としていた。私も最初の数週間は、何か問題のある子どもだと誤解していた。が、彼にしてみれば、そういうことをすること自体、耐えられなかったのだ。

 日本でこのタイプの子どもが唯一生きる道があるとすれば、都会の進学校と言われる学校へ入ることでしかない。しかし結果からみると、結局は日本の受験勉強に巻き込まれ、受験という方法でしか、力を伸ばせない。そしていつか日本の部品として、社会の中に組み込まれてしまう。これはたとえて言うなら、絹の布で鼻をかんで、そのまま捨てるようなものだ。日本の教育には、こういう矛盾もある。
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【106】「あなたはすばらしい子だ」・子どもを信ずる

 子どもを信ずることは難しい。「信じたい」という思いと、「もしかしたら……」という思いの中で、親は絶えず迷う。子育てはまさに、その迷いとの闘い。が、その迷いにも、一定のパターンがあるのがわかる。そこでテスト。あなたの子ども(小学生)が、寝る直前になって、「学校の宿題がやってない」と言ったとする。そのとき、あなたは……。@「明日、学校で先生に叱られてきなさい」と言って、そのまま寝させる。A子どもと一緒に、宿題を片づけてあげる。睡眠時間が多少短くなることは、やむをえないと思う。

 そのパターンは、子どもが生まれたとき、あるいは子どもを妊娠したときから始まる。たとえば子どもに四時間おきにミルクを与えることになっていたとする。そのとき、子どもが泣いてほしがるまで、ミルクを与えない親もいれば、時間がきたら、ほしがらなくてもミルクを与える親もいる。子どもがもう少し大きくなると、こんなこともある。子どもが「したい」と言うまで、動かない親もいる。反対に何でもかんでも、子どもが望む前に、親のほうから用意してあげる親もいる。「ほら英語教室よ」「ほら体操教室よ」と。

 一度こういうパターンができると、あとは一事が万事。それ自体が生活のリズムになってしまう。こんなこともあった。ある母親からの相談だが、いわく、「うちの子(小三男児)に、夏休みの間、洋上スクールを体験させようと思うのですが、どうでしょうか」と。そこで私が、「本人は行きたがっているのですか」と聞くと、「それが、行きたがらないので困っているのです」と。またこんなことも。やはりある母親からのものだが、その母親の息子(高三)が、受験期だというのに、ビデオを借りてきて見ているというのだ。母親は「心配でならない」と言っていたが、心配するほうがおかしい。おかしいが、一度そのパターンにハマってしまうと、それがわからなくなる。

 さて冒頭のテスト。@を選んだ人は、子ども信頼型の親ということになる。「うちの子は立派だ」「うちの子はすぐれている」という思いが、親をしてそういう親にする。一方、Aを選んだ人は、心配先行型の親ということになる。「何をしても、うちの子は心配だ」という思いが、親をしてそういう親にする。当然、その影響は子どもに出てくる。信頼型の親の子どもは、伸び伸びとしている。表情もハツラツとしている。行動力も好奇心も旺盛で、何かにつけて積極的だ。しかし心配先行型の親の子どもは、それにふさわしい子どもになる。長い時間をかけてそうなる。親は、「生まれつきそうだ」と言うが、生まれつきそういう目で見ていたのは、親自身なのだ。それに気がついていない。では、どうするか。

 もし心配先行型の親なら、あなた自身の心を作り変える。一つの方法として、「あなたはよい子」を口ぐせにする。子どもの顔を見たら、そう言う。そしてそれを数か月、あるいはそれ以上の間、続ける。最初はどこかぎこちない感じがするかもしれないが、あなたがそれを自然に言えるようになったとき、同時に、あなたの子どもは、その「よい子」になっている。子どもを「よい子」にしたかったら、まず子どもを信ずる。たいへん難しいことだが、それをしないで、あなたはあなたの子どもを伸ばすことはできない。
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【107】「勉強なんて、大嫌い!」・動機づけの四悪

 子どもから学習意欲を奪うものに、@無理、A強制、B条件、C比較の四つがある。これを、『動機づけの四悪』という。

 まず@無理。その子どもの能力を超えた無理をすれば、子どもでなくても、学習意欲をなくして当然。よくある例が、子どもに難解なワークブックを押しつけ、それで子どもの学習意欲をそいでしまうケース。子どもの勉強は、「量」ではなく「密度」。短時間でパッパッとすますようであれば、それでよし。……そうであるほうが好ましい。また子どもに自分でさせる勉強は、能力より一ランクさげたレベルでさせるのが、コツ。ワークやドリルなど、半分がお絵描きになってもよい。答が合っているかどうかということよりも、「ワークを一冊、やり終えた」という達成感を大切にする。

 A強制。ある程度の強制は勉強につきものだが、程度を超えると、子どもは勉強嫌いになる。時間の強制、量の強制など。こんなことを相談してきた母親がいた。「うちの子は、プリントを二枚なら、何とかやるのですが、三枚目になると、どうしてもしません。どうしたらいいでしょうか」と。私は「二枚でやめることです」と答えたが、その通り。このタイプの母親は、仮に子どもが三枚するようになればなったで、「今度は四枚しなさい」と言うに違いない。子どももそれを知っている。

 B条件。「この勉強が終わったら、△△を買ってあげる」「一〇〇点を取ったら、お小づかいを一〇〇円あげる」というのが条件。親は励ましのつもりでそうするが、こういう条件は、子どもから「勉強は自分のためにするもの」という意識を奪う。そればかりではない。子どもが小さいうちは、一〇〇円、二〇〇円ですむが、やがてエスカレートして、手に負えなくなる。「(学費の安い)公立高校へ入ってやったから、バイクを買ってくれ」と、親に請求した子ども(高一男子)がいた。そうなる。

 最後にC比較。「近所のA君は、もうカタカナが書けるのよ」「お兄ちゃんは、算数が得意なのに、あなたはダメね」など。こういう比較は、一度クセになると、日常的にするようになるから、注意する。子どもは、いつも他人の目を気にするようになり、それが子どもから、「私は私。人は人」というものの考え方を奪う。

 イギリスでは、『馬を水場へ連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない』と言う。子どもを馬にたとえるのも失礼なことかもしれないが、親のできることにも限界があるということ。ではどうするか。もう一つイギリスには、『楽しく学ぶ子どもは、よく学ぶ』という格言もある。つまり子どもに勉強をさせたかったら、勉強は楽しいということだけを教えて、あとは子どもに任す。たとえば文字。いきなり文字を教えるのではなく、いつも子どもをひざに抱いて、本を読んであげるなど。そういう経験が、子どもをして、「本は楽しい」「文字はおもしろい」というふうに思わせるようになる。そしてそういう「思い」が、文字学習の原動力となっていく。子どもの勉強をみるときは、「何をどの程度できるようになったか」ではなく、「何をどの程度楽しんだか」をみるようにする。
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【108】「うちの子ったら、ダメねえ……」・幼児期に決まる国語力

 以前、と言っても、もう二〇年以上も前のことだが、私は国語力が基本的に劣っていると思われる子どもたちに集まってもらった。そしてその子どもたちがほかの子どもたちと、どこがどう違うかを調べたことがある。結果、次の三つの特徴があるのがわかった。

 @使う言葉がだらしない。ある男の子(小二)は、「ぼくジャン、行くジャン、学校ジャン」というような話し方をしていた。「ジャン」を取ると、「ぼく、行く、学校」となる。たまたま『戦国自衛隊』という映画を見てきた中学生がいたので、「どんな映画だった?」と聞くと、その中学生はこう言った。「先生、スゴイ、スゴイ。バババ……戦車……バンバン、兵隊、ワーワー」と。映画の内容は、まったくわからなかった。その子どもは「誰がどこで何をした」というストーリーそのものを、うまく組み立てることができなかった。

 A使う言葉の数が少ない。ある女の子(小三)は、家の中でも、「ウン」「ダメ」「ウフン」だけでほとんどの会話をすませてしまっていた。何を聞いても、「マアマア」と言う、など。

 B正しい言葉で話せない。そこでいろいろと正しい言い方で話させようとしてみたが、どの子も外国語でも話すかのように、照れてしまった。原因はすぐわかった。その中の一人の母親にそのことを告げると、その母親はこう言った。「ダメねえ、うちの子ったら、ダメねえ……」と。

 子どもの国語能力は、家庭環境で決まる。特に母親の言葉能力によって決まる。毎日、「帽子、帽子! ハンカチ、ハンカチ! バス、バス、ほら、バス!」というような話し方をしていて、どうして子どもに国語能力が身につくというのだろうか。こういうばあいは、たとえめんどうでも、「あなたは帽子をかぶりましたか。ハンカチをもっていますか。もうすぐバスがきます」と言ってあげなければならない。そして次に、子どもには豊かな言葉で話しかける。夕日を見ても、「きれいね!」だけではなく、「すばらしいですね」「ロマンチックですね」「感動的ですね」と言うなど。いろいろな言い方で表現してみせる。

 ……と書くと、決まってこう言う親がいる。「うちの子はだいじょうぶ。毎晩、本を読んであげているから」と。しかし言葉というのは、自分で使ってみて、はじめて身につく。毎日、ドイツ語の放送を聞いているからといって、ドイツ語が話せるようにはならない。また年長児ともなると、それこそまさに立て板に水。スラスラと本を読む子どもが現われる。しかしたいてい文字を音にかえているだけ。内容はまったく理解していない。そういうときは、本を読んであげるときも、また本を読ませるときも、一頁ごとに、その内容について質問してみるとよい。「クマさんは、どこへ行きましたか」「ウサギさんは、どんな気持ちですか」と。そういう問いかけが、子どもの国語力をみがく。

 今回はたいへん実用的なことを書いたが、幼児教育はそれだけ大切だということをわかってもらいたいために、書いた。相手が幼児だから、幼稚なことを教えるのが幼児教育だと思っている人は多い。しかし、この国語力も含めて、あらゆる「力」の基本と方向性は、幼児期に決まる。私はそれを言いたかった。
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【109】「早くおうちへ帰ろうヨ〜」・伸びる子、伸びない子
                   
 伸びる子どもには、いくつかの特徴がある。@思考が柔軟で、A好奇心が旺盛、それにB生活力(忍耐力)がある。思考が柔軟ということは、たとえばおとなの冗談が通ずる。反対に頭のかたい子どもは、おとなの冗談が通じない。こんな会話をする。私「今日はいい天気だね」子「雲があるから、いい天気じゃない」私「雲があってもいい天気だよ」子「雲があるから、いい天気じゃ、ない!」と。

 好奇心が旺盛ということは、一人で遊ばせておいても、身のまわりから次々と、新しい遊びを発見したりすることをいう。そうでない子どもは、「退屈だア」とか、「早くおうちへ帰ろうヨ〜」などと言ったりする。また好奇心の旺盛な子どもは、新しいことを見せると、「やる! やる!」と食いついてくる。趣味も多く、多芸多才。友だちも多い。

 そして忍耐力。子どもの忍耐力は、「いやなことをがまんしてする力」のことをいう。たとえば台所の生ゴミを手で始末できる。寒い夜、回覧板を隣へ届けることができる、など。忍耐力のない子どもは、「いやだア」と言って、逃げる。よく「うちの子どもは、サッカーだと一日中しています。そういう力を勉強のほうに向けたい」と言う親がいるが、その子どもは好きなことをしているだけ。サッカーを一日中しているからといって、忍耐力がある子どもということにはならない。

 反対に子どもを伸ばすには、この三つのことに心がける。たとえば頭をやわらかくするためには、いつも子どもの周囲に何らかの変化を用意する。ある母親は、娘のために一日とて同じ弁当を作らなかった。そういう姿勢が、その子を伸ばした。その娘はやがて女流作家になり、ある都市の教育委員長にまでなった。要するに、生活のハバを広くせよということ。その一例というわけではないが、昔から転勤族の子どもは頭がよいという。つまり転勤という大きな環境的変化が、子どもによい影響を与えると考えられる。

 好奇心を旺盛にするためには、親自身が自分の世界を広めるつもりで努力する。そして子どもにいつも、それを体験させる。子どもがある特定のものに執着したり、固執したりするのは、あまり好ましいことではない。たとえば虫なら虫ばかりに興味をもつとか、あるいは特定のズボンでないと、幼稚園へは行かないとがんばる、など。

 最後に生活力(忍耐力)をつけさせるためには、子どもを使って使って、使いまくる。もう少し具体的には、家庭の緊張感の中に子どもを巻き込むようにする。「あなたがこれをしなければ、家族の皆が困るのだ」というような雰囲気を、家庭の中に作る。親がソファの上に寝そべりながら、子どもに向かって、「新聞を持ってきなさい」は、ない。

 伸びる子どもは、ほかの子どもたちが伸びを止めるようなときでも、そのまま伸び続ける。そしていやなことや困難なことがあっても、それを乗り越えていく。そして結果として、ほかの子どもより伸びる。ただしここでいう「伸びる」というのは、学習面で伸びるということではない。勉強ができるできないは、あくまでも、その結果でしかない。
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神経症 スキンシップ 巣立ち はやし浩司 タイプ別育児論 すなおな子ども 性教育 先生とのトラブル 善悪 祖父母との同居 大学
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【110】「この、ヘンタイ野郎!」・突っ張る子ども

 突っ張り始めると、子どもは「突っ張り児」特有のしぐさを見せるようになる。鋭い目つきで相手をにらんだり、肩をいからせて歩く、など。ある特殊な精神状態が、脳の原始的な部分を刺激するためにそうなる、と考えるとわかりやすい。アメリカでは、脳の機能障害説にのっとり、突っ張る子どもに対して、薬物療法を試みているところもある。実際、このタイプの子どもは、言動そのものがどこか野獣的になる。ものの考え方も、短絡的になる。「文句のあるヤツは、ぶっ殺してやる」と。ある女の子(小五)は、私が「元気?」と彼女の肩に手をかけたとたん、何を勘違いしたのか、「この、ヘンタイ野郎!」と、私を足で蹴りあげた。ふつうの蹴りではない。しばらく息ができなくなってしまうほどの、強烈な蹴りだった。

 子どもは「愛情の糸」が切れたとき、突っ張り始める。どんな細い糸でもよいが、その糸が誰かとつながっていれば、子どもの心は荒れない。言いかえると、突っ張る子どもには、その糸がない。まず親から見放される。続いて先生からも見放される。この孤立感が子どもの心を狂わす。

 もっとも幼児で、この突っ張り症状を見せる子どもは、ない。私が経験した中でも最年少は、小学一年生のK君だった。K君は夏休みを境に、急にここでいうような突っ張り児特有の症状を見せるようになった。母親に相談してみたが、「思い当たることはない」と。そこでさらに調べてみると、こんなことがわかった。K君は夏休み前までは、父親と母親の間にはさまれ、ちょうど「川」の字のようになって寝ていた。しかし夏休みの間に、子ども部屋ができ、そこでK君はひとりで寝るようになった。K君はK君なりに、愛情の糸が切れるのを感じたのだろう。それが原因となって、ここでいう突っ張り症状が外に出た。

 もちろん家庭崩壊や育児拒否、虐待などが原因となって、子どもが突っ張るばあいもある。しかしこのばあいも、子どもの側からみて、愛情の糸がどこかでつながっていれば、突っ張ることはない。親や先生でなくてもよい。祖父母や親類の誰かとでも、つながっていればよい。よく誤解されるが、貧しいから子どもが突っ張るということはない。裕福な家庭の子どもでも、この糸が切れると、突っ張る可能性はぐんと高くなる。父親は浮気し放題、そのため夫婦関係が冷えきっているなど。そういう意味で、子どもというのは正直で、よく『子どもを見れば家庭がわかる』と言うが、それは本当である。

 子どもというのは、絶対に守られているという安心感の中で、心をはぐくむ。「絶対」というのは、疑いをいだかないという意味である。この安心感を用意するのは、本来、親の役目なのだが、それがいろいろな事情でできないケースもある。しかしそういうときでも、子どもとの愛情の糸だけは、大切にする。裏を返して言うと、ベタベタに仲がよい夫婦からは、突っ張り児は生まれない。夫婦が信頼しあい、子どもへの愛情がしっかりしている家庭からは、突っ張り児は生まれない。生まれようがない。これは経済的に裕福であるとかないとか、そういうこととは、関係ない。
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【111】「相手が子どもだと思って!」・ウソと空想的虚言

 幼児教育では、ウソをウソと自覚しながらつく虚言と、空想的虚言(妄想)は、区別して考える。虚言というのは、自己防衛や自己正当化のためにつくウソだが、その様子から、それがウソとわかる。……わかりやすい。母「誰かな? ここにあったお菓子を食べたのは?」子「ぼくじゃないよ」母「じゃあ、手を見せてごらん。手にお菓子のカスが残っているはずよ」子「残っていない。ぼく、ちゃんとなめたから」と。

 これに対して、空想的虚言は、現実と空想の間に垣根がない。自分の頭の中に虚構の世界をつくりあげ、それがあたかも現実のできごとであるかのように、ウソをつく。本人もウソをウソと自覚しない。まさに「ああ言えばこう言う」式のウソを、シャーシャーとつく。こんなことがあった。ある夜遅く、一人の母親から電話がかかってきた。そしていきなりこう怒鳴った。「今日、うちの子が、腕に大きなアザを作ってきました。先生が手でつねったそうですね。どうしてそんなことをするのですか!」と。そこで私が、「知りません」と言うと、「相手が子どもだと思って、いいかげんなことを言ってもらっては困ります。正直に言いなさい!」と。

 翌日、園へ行くと、園長のところに一通の手紙が届いていた。その母親が朝早く届けたものだ。読むと、「はやし先生が、うちの子どもに体罰を加えている。よく監視しておいてほしい。なお、この手紙のことは、はやし先生には内密に」と。そこで私がその子どもをつかまえて、それとなく腕のアザのことを聞くと、こう言った。「ママが、つねったから」と。私は何がなんだか、さっぱりわけがわからなくなってしまった。そこでどういう状況でつねられたかを聞くと、その子どもは、こと細かに、そのときの様子を説明し始めた。

 英語に、『子どもが空中の楼閣を想像するのは構わないが、その楼閣に住まわせてはならない』という格言がある。空想するのは自由だが、空想の世界にハマるようであれば注意せよという意味である。が、実際の指導で難しいのは、子どもというより、親自身にその自覚がないこと。このタイプの子どもは、親の前や外の世界では、信じられないほど、よい子を演ずる。柔和な笑みを絶やさず、むしろできのよい子という印象を与える。これを幼児教育の世界では、「仮面をかぶる」という。教える側から見ると、心に膜がかかったかのようになり、何を考えているかわからない子どもといった感じになる。が、親にはそれもわからない。別のケースだが、私がそれをある父親に指摘すると、「君は、自分の生徒を疑うのか! 何という教師だ!」と、反対に叱られてしまった。

 原因は、強圧的(頭からガミガミ言う)、閉塞的(息が抜けない)、権威主義的(押しつけ)な子育て。こういう環境が日常化すると、子どもは虚構の世界をつくりやすくなる。姉妹でも同じような症状を示した子どももいたので、遺伝的な要素(?)も無視できない。が、原因の第一は、家庭環境にあるとみる。子どもの心を解放させることを第一に考え、「なぜ、どうして?」の会話をやさしく繰り返しながら、ウソをていねいにつぶす。頭から叱れば叱るほど、心は遊離し、妄想の世界に子どもを追いやることになる。
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【112】「少食で悩んでいます」・キレる子どもの原因?

 キレる子ども……、つまり突発的に過剰行動に出る子どもの原因として、最近にわかにクローズアップされてきたのが、「セロトニン悪玉説」である。つまり脳間伝達物質であるセロトニンが異常に分泌され、それが毒性をもって、脳の抑制命令を狂わすという(生化学者、ミラー博士ほか)。アメリカでは、もう二〇年以上も前から指摘されていることだが、もう少し具体的に言うとこうだ。たとえば白砂糖を多く含む甘い食品を、一時的に過剰に摂取すると、インスリンが多量に分泌され、それがセロトニンの過剰分泌を促す。そしてそれがキレる原因となるという(岩手大学の大澤名誉教授ほか)。

 このタイプの子どもは、独特の動き方をするのがわかっている。ちょうどカミソリの刃でスパスパとものを切るように、動きが鋭くなる。なめらかな動作が消える。そしていったん怒りだすと、カッとなり、見境なく暴れたり、ものを投げつけたりする。ギャーッと金切り声を出すことも珍しくない。幼児でいうと、突発的にキーキー声を出して、泣いたり、暴れたりする。興奮したとき、体を小刻みに震わせることもある。

 そこでもしこういう症状が見られたら、まず食生活を改善してみる。甘い食品を控え、カルシウム分やマグネシウム分の多い食生活に心がける。リン酸食品も控える。リン酸は日もちをよくしたり、鮮度を保つために多くの食品に使われている。リン酸をとると、せっかく摂取したカルシウムをリン酸カルシウムとして、体外へ排出してしまう。一方、昔からイギリスでは、『カルシウムは紳士をつくる』という。日本でも戦前までは、カルシウムは精神安定剤として使われていた。それはともかくも、子どもから静かな落ち着きが消えたら、まずこのカルシウム不足を疑ってみる。ふつう子どものばあい、カルシウムが不足してくると、筋肉の緊張感が持続できず、座っていても体をクニャクニャとくねらせたり、ダラダラさせたりする。

 ここに書いたのはあくまでも一つの説だが、もしあなたの子どもに以上のような症状が見られたら、一度試してみる価値はある。効果がなくても、ダメもと。そうでなくても子どもに缶ジュースを一本与えておいて、「少食で悩んでいます」は、ない。体重一五キロの子どもに缶ジュースを一本与えるということは、体重六〇キロのおとなが、同じ缶ジュースを四本飲むのに等しい。おとなでも四本は飲めないし、飲めば飲んだで、腹の中がガボガボになってしまう。もしどうしても「甘い食べもの」ということであれば、精製されていない黒砂糖を勧める。黒砂糖には天然のミネラル分がバランスよく配合されているため、ここでいうような弊害は起きない。ついでに一言。

 子どもはキャーキャーと声を張りあげるもの、うるさいものだと思っている人は多い。しかしそういう考えは、南オーストラリア州の幼稚園を訪れてみると変わる。そこでは子どもたちがウソのように静かだ。サワサワとした風の音すら聞こえてくる。理由はすぐわかった。その地方ではどこの幼稚園にも、玄関先に大きなミルクタンクが置いてあり、子どもたちは水代わりに牛乳を飲んでいた。



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